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福岡地方裁判所大牟田支部 平成5年(わ)18号 判決

主文

被告人甲を懲役一年二月に、被告人乙を懲役一〇月に各処する。

被告人両名に対し、この裁判確定の日から三年間それぞれその刑の執行を猶予する。

理由

(犯行に至る経緯等)

被告人甲は、かつて父親が経営する有限会社三工建設の取締役、大牟田青年会議所の理事長、元大牟田市長黒田穣一後援会(豊穣会)の代表者という地位にあったが、昭和五八年四月施行の大牟田市議会議員選挙に右黒田市長らの出馬要請で立候補して当選し、平成三年四月以降三期目の自由民主党系市議会議員として活動していた者である。被告人乙は、昭和六一年一月に母親を代表者とする有限会社福岡県増改築センター(現在の有限会社乙建設の前身)を設立して自らが実質的な経営者として運営にあたり、平成四年一〇月以降は名目上も同社代表取締役に就任して建築、土木工事等の業務に従事しているほか、自由民主党系の同和団体である全日本同和会大牟田支部長の肩書を有している者である。被告人甲は、昭和五九年ころ、知人の紹介で被告人乙と知り合って意気投合し、行政に関する相談に応じたり、個人的に交遊するほか、二期目以降の市議会議員選挙では熱心に応援してもらうなどなど親しく交際していた。

被告人甲は、昭和五五年ないし昭和五六年ころ、大牟田市大正町で「花クニ」という屋号で生花業を営むAが大牟田青年会議所会員に入会してきたことで同人と面識をもつに至り、昭和五八年四月施行の大牟田市議会議員選挙において熱心に応援してもらうなど親しい関係を続けていたが、昭和六一年以降、右Aから資金繰りについての援助を求められ、右Aの借入金のために連帯保証人となったり、右A等が振り出す手形に保証の意味で裏書するなど同人に対する経済的援助を繰り返していた。ところが、平成四年四月中旬ころに右Aが行方をくらました上、右「花クニ」を事実上承継した右Aの妹Bも適切な債務の整理を行わなかったため、右Aが支払うべき債務についての支払い請求が被告人甲に対して行われるようになり、同年五月二〇日過ぎには福岡地方裁判所大牟田支部から被告人甲の議員報酬及び期末手当に対する同年同月二〇日付け債権差押命令が送達されるに至った。被告人甲は、右Aに関して保証かぶれとなった金三〇〇〇万円ほどの債務に対する債権差押命令が継続して発令されれば自らの生活が破綻してしまうこと、さりとて自己破産宣告を申し立てれば三期満了の議員に対して付与される年金がもらえなくなること等の諸事情を考慮したすえ、被告人甲にとって信頼がおける人物、すなわち被告人乙に自己に対する架空債権者となってもらい、債権者を被告人乙、債務者を被告人甲とする偽りの公正証書を取得した上、債権執行手続を申立てさせ、被告人乙が受ける予定の配当金を自分に回してもらうという強制執行免脱の手段を企図するに至った。

(罪となるべき事実)

被告人甲及び同乙は、前記のとおり、被告人甲が議員報酬及び期末手当の差押を受けたため、右強制執行を免れる目的で、被告人乙が同甲に対して多額の債権を有するかのように権利義務関係をねつ造しようと企て、右両名共謀の上、平成四年七月一日午前一〇時ころ、福岡県大牟田市〈番地略〉大牟田公証人役場において、情を知らない公証人Cに対し、真実は被告人両名の間に債権・債務関係がないのに、被告人乙が、「乙は、昭和六二年二月二一日、甲に対し、金一五二五万を貸し付けた。また、乙は、平成元年六月一〇日に金一八六万円を、同年一〇月一五日に金五二〇万円をそれぞれ甲に貸し付けたが、平成四年四月一日現在の残債務は利息、損害金を含めてそれぞれ金五一二万四三二四円及び金八六二万〇二八三円となっていることを双方が承認した。」旨虚偽の事実を申立て、被告人甲が、同公証人に対し、被告人乙が主張するような債務を負担していることは間違いない旨虚偽の事実を申立てるなどして、こもごもその旨の公正証書の作成方を嘱託し、同公証人をして、同日同時刻ころ、同所において、被告人乙を債権者、被告人甲を債務者とする昭和六二年二月二一日付け金一五二五万円の金銭消費貸借契約公正証書一通、平成元年六月一〇日及び同年一〇月一五日付け金銭消費貸借契約に基づく平成四年四月一日付け金一三七四万四六〇七円の準消費貸借契約公正証書一通をそれぞれ作成させ、もって強制執行を免れる目的で、被告人甲が、同乙に対して仮装の債務を負担するとともに、権利、義務に関する公正証書の原本に不実の記載をさせ、即時これを同公証人役場に備え付けさせて行使したものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(法令の適用)

罪条 判示事実中仮装の債務を負担した所為につき、刑法九六条の二、六〇条、公正証書原本に不実の記載をさせた所為につき、同法一五七条一項、六〇条、右原本行使の所為につき、同法一五八条一項、六〇条

科刑上の一罪の処理 判示事実中仮装の債務を負担した所為及び公正証書原本に不実の記載をさせた所為につき、刑法五四条一項前段、一〇条(一罪として重い公正証書原本不実記載罪の刑で処断)

公正証書原本に不実の記載をさせた所為及び同原本を行使した所為につき、刑法五四条一項後段、一〇条(一罪として犯情の重い右行使罪の刑で処断)

刑種の選択 懲役刑を選択

刑の執行猶予 刑法二五条一項

(量刑の理由)

一  被告人甲について

被告人甲が本件犯行に及んだ動機あるいは目的は、すでに「犯行に至る経緯等」及び「罪となるべき事実」において述べたとおりであるが、被告人甲の市議会議員選挙に際し、熱心に選挙活動を行ったAからの保証依頼をむげに断るわけにはいかなった事情があるにせよ、保証後の右Aの経済状態の変化を的確に把握するとか、手形切替後に旧手形がどのように処分されたのかを十分に確認することを怠ったがために予想外の保証債務額を負担することになったものであって、被告人甲においては他人の債務を保証することに伴う危険に対する認識が甘かったものといわざるを得ない面がある。その結果、自分自身が経済的に窮するに至り、他の正当な債権者の権利を排除していくらかでも自己の経済的損失を免れるべく、共犯者を巻き込んだ上、公証制度や裁判所の民事執行制度を悪用するというのは、本来市民の模範であるべき市議会議員の行為としてはあるまじき行為であって、その刑事責任は被告人甲が自覚している以上に重いものといわなければならない。しかしながら、被告人甲は、本件犯行により逮捕された後、市議会議員を辞職した上、所属政党からも離党しており、今後は一市民に立ち返って再出発する決意を表明していること、本件犯行が世に知られたことによって三期目に入っていた市議会議員としての社会的名誉を失墜させ、それなりの社会的制裁を受けていること、裁判所による配当期日の変更や被告人乙による債権差押命令申請が任意に取り下げられたことにより、幸い実害は生じていないこと、今春私立大学に合格していた被告人甲の長男が本件犯行を知ったことによる動揺や経済的な理由などにより進学を断念しているほか、配偶者や二人の娘も社会的に肩身の狭い思いをするなど家族にも多大の迷惑が生じているが、かような身内に対する負い目をも将来に向けて負担せざるをえないこと、被告人甲は、二〇歳代に三件の罰金前科があるものの、その後は刑事責任を問われるような事件とは無縁であることなど被告人甲のために汲むべき事情も存するのであって、右の諸事情を総合勘案すれば、被告人甲に対しては社会内で再起する機会を与え、これまでとは違った方法で社会貢献をさせるのが相当であり、主文掲記の懲役刑の執行を三年間猶予することとする。

二  被告人乙について

被告人乙は、被告人甲から本件犯行を持ちかけられた際、いったんは犯行への加担を渋ったものの、いざ共同実行を決意してからというものは債権差押命令の申請方法を司法書士と相談したり、公証人に対し、虚偽の債権の内容を積極的に説明するなど能動的に動いている面があり、恩義を感じている被告人甲の利益を図ろうとするあまり、「他の債権者の正当な権利を侵害することなく、公証制度や裁判所の民事執行制度という公の制度の社会的信用を維持する」というまともな社会人が保持すべき遵法精神、倫理観念を欠落させているのであって、その刑事責任には軽からざるものがある。しかしながら、元はといえば被告人甲による犯行の誘いがなければ被告人乙としても本件のような犯罪を犯す必要はなかったこと、被告人乙が本件犯行に加担したことにより得た利益は全くなく、社会的な不名誉だけが残ったこと、被告人乙には罰金前科二回などの前科前歴があるものの、地方裁判所への公判請求を受けたのは今回が初めてであること、被告人乙が経営する会社は不渡りを出して銀行取引停止になっており、会社を速やかに再建し、配偶者と三人の子ども、さらには従業員の経済的生活を安定させるためには被告人乙の存在が必要であることなど被告人乙のために考慮すべき事情も存するのであって、右の諸事情を総合勘案すれば、被告人乙に対しても社会内で再起する機会を与えるのが相当であり、主文のとおり執行猶予の恩典を付与することとする。

(検察官求刑) 被告人甲につき、懲役一年六月、被告人乙につき、懲役一年

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官白石研二)

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